【公式コラム】
【コラム】バイオコンサルタントの視点 食品も医薬品並みの品質管理をすべきか?
著者 岡村 元義
2024年4月26日
クリスマスケーキがぐちゃぐちゃになった事件
昨年末に全国の多くの子供たちが楽しみにしていたクリスマスケーキ。クリスマス当日に宅配業者から届いたケーキを開けてみたらぐちゃぐちゃになって多くの子供たちをがっかりさせた事件。販売したデパートは会見で,2,900個製造したケーキのうち,800個余りが形崩れを起こしたと述べた。製造法,製造数量,配達条件も前年と全く同じ,万全の品質管理を行っていたので,なぜ品質不良が起こったのかは不明,違う点はイチゴの不作から入荷が遅れたため製造後の冷凍期間を昨年の2週間から今年は約1日に大幅に短縮したことだという。ただ「原因の特定は不可能」と結論付けた。
へえ~ 食品業界は品質に影響があるケーキを出してしまっても,お詫び状と返金だけで許されるんだあ・・・
原因は不明? そんなはずはないでしょ。
製薬業界の皆さんだったらすぐにお分かりになるだろう。医薬品においては常識である逸脱原因究明の仕方を食品業界はご存じないのかな?
昨年の製法と同じであった。(医薬品のGMP製造では,製造標準書通りに製造することを指す。) 配達も昨年と同じ業者に同じ冷凍車で配送した。配送中の庫内温度は冷凍状態である記録が残っている。(医薬品の場合,製品が医療機関,患者のもとへ届くまでの品質保証基準であるGDPに準拠した品質管理を行っている。)
逸脱が起こった原因は何か? ぐちゃぐちゃになったケーキの原因について詳細はほとんど報道されていないので,著者の推測ではあるが図1のようにクリスマスケーキの製造工程を描いて,品質逸脱の原因がわかるのではないかと考えてみた。
この推定製造プロセスに基づいて,逸脱が発生した原因を推定してみる(図2)。
クリスマスケーキは生ものであり,12月25日のピンポイント納期まで冷凍保存しておく必要がある。ケーキ工場から宅配業者のクール宅急便を使って冷凍状態で顧客に届けられたケーキは,顧客の家で解凍され賞味される。つまり,顧客が賞味する時点で,品質低下と形崩れを起こさないような品質管理が求められるということだ。冷凍状態であれば宅配輸送時の揺れでも形崩れは起きないことを検証済みである。そうすると,形崩れを起こしてしまった原因は,凍結が不十分であったことに絞り込まれる。
・イチゴが不作で,製造日ぎりぎりの入荷となった。
・そのため,凍結期間を2週間から1日に短縮した。
製法が変更になっているではないか! 製法は変わっていないとのメーカーコメントには,凍結保存の仕方に対する理解不足があるように思う。
凍結時間不足が原因であることの推定実験
ケーキを凍結する時間が1時間で十分であるというのはケーキ1個についてはそうだろう。しかし,2,900個の紙箱包装されたケーキ全てを凍結状態にするには1時間では足りないことは,バイオ原薬を取り扱ってきた筆者の経験からあきらかだとは思ったが,データがなければ説得力がないので,原因推定実験を行ってみた。(図3)
ケーキを入れた化粧箱の空間は断熱効果があり熱伝導が悪くなる。さらにこれらを何層にも積み上げると,中央部のケーキが凍結するまでには時間がかかってしまうはずだ。実験では,紙箱に入れたケーキ1個の凍結までの時間経過と,積みあげられたケーキの中央部のケーキの凍結までの時間経過として紙箱の空間に断熱材を入れたケーキで模してみた。
ケーキと同重量(200g)のWFI(図3のA)を凍結させるのに要した時間は1.2時間であったが,冷凍庫の設定温度-30℃に到達するまでには4時間かかった。ケーキ1個(200g)を紙箱に入れ,同じ条件で凍結させると(図3のB),凍結までに0.8時間であったが,冷凍庫の設定温度-30℃に到達するまでには6.5時間かかった。このケーキの紙箱の空間に断熱材を入れて凍結させると(図3のC),凍結まで2.5時間かかり,冷凍庫の設定温度の-30℃に到達するまでに21時間かかった。
ちなみにWFIのような純水を凍結する場合,0℃で温度変化がない”過冷却現象“が起き,直線的な温度低下にならないことはよく知られている。
2,900個のケーキを積み上げた状態で冷凍庫に置いた場合,冷却熱が伝わりにくい中央下部のケーキは,1時間の凍結不十分な状態で出荷され,宅配用冷凍車の移動中の振動により,顧客に届いた時点ではぐちゃぐちゃになってしまったと推定される。
何が一番問題か?
ケーキの製造手順について十分な検証を行わずに変更してしまった点であろう。医薬品業界では常識である「変更管理」を行っていれば,クリスマスの子供たちをがっかりさせることもなかっただろうに・・・
筆者が行った実験も,あくまで2,900個のケーキを凍結させるのに1日で十分であったのかという品質逸脱の原因を推定する実験にすぎない。せめて2,900個のケーキを保存凍結する際に,中央下部の冷却温度が伝わりにくい箇所に温度計を1本入れておくべきだったと思う。
食品でも医薬品並の品質管理が必要か?
クリスマスケーキの事件のように子供たちをがっかりさせただけならまだいい。4月に入ってトップニュースに取り上げられるようになった紅麹入りサプリメント(機能性表示食品)は,摂取者に死者が出たこともあり,品質管理のあり方について見直す動きが出ている。4月16日現在の関連ニュースをまとめると,1)原因は青カビ由来のプベルル酸の可能性,2)大阪工場で床に落ちた原料の一部を紅麹の製造に使用,3)岐阜県保健所が岐阜工場に立入調査に入ったが問題なしとの調査報告,4)厚労省と大阪市は大阪工場への立入を行い,紅麹サプリと健康被害との因果関係が否定できないとして回収命令をメーカーに出した。一方,紅麹サプリを摂取して亡くなった人はいずれも前立腺がん,白血病の治療などを受けていたことがわかり,紅麹が直接の死因かどうかは断定できないようだ。
腎機能障害や死亡などの副作用は,医薬品の場合の重篤な副作用と同じである。食品とはいえこのような重篤な症状が現れた原因として疑われる場合は,医薬品並の品質管理にすべきという声が大きくなっていくはずだ。これに対し品質保証を強化すると食品に釣り合わない高コストになるリスクもあるため,食品の製造コストにどれだけ安全性保証をとるかについて,食品業界における議論がなされるべきだ。機能性表示食品はあくまで食品であって,薬効を期待する医薬品とは厳密に区別されなければならない・・・と,本コラムを執筆しているうちに,“紅麹サプリの機能性成分の本体は医薬品”いうとんでもないニュースが飛び込んできた。(4月16日現在) とても複雑な問題に発展しそうなので続きは次回のコラムに回したい。