【公式コラム】
【コラム】バイオコンサルタントの視点 “ハイブリッド免疫”で決まりか?
著者:岡村 元義
2022/05/06
●パンデミックが終わったかのような街なか
半年ぶりの本コラムへの寄稿である。
休筆などというかっこいいものではない。コラム原稿を書き上げるたびに ”BA.2株が出てきた! まん防が解除されて久しぶりに桜の満開を皆で堪能した! と思ったら上海がロックダウンになった! またまた東京の感染者が1万人に達しようとしている! え? XEって何?” と状況がどんどん変わって寄稿のタイミングを逃すうちに6か月が経ってしまった。
政府の言うことも、専門家の見解もあてにならないということか。新年度になり入社や入学などの移動で東京行きの新幹線もほぼ満員であった。皆マスクは着けているが、ホームでお土産とキャリーバッグを両手に大声で楽しそうに笑っている。友達同士で肩組んだりもしている。
「ちょっと待ってよお、まだ収束ではないから…」。
●行動制限か? ワクチン接種か?
3月中旬に3回目のワクチン接種を受けた。1回目と2回目はファイザー社製であったが3回目はモデルナ製にした。筆者も接種翌朝に発熱と体全体の痛みが生じた。ワクチン接種は感染拡大抑制に有効であることは間違いない。一方、海外の感染者数増大に比べ日本が比較的感染者数が低く抑えられているのは、アルコール消毒とマスクの徹底が功を奏していることも間違いない。しかしそれだけでは説明がつかない現象もある。
いま、日本では第7波に入るか入らないか、地方によって判断に迷う状況であるが、まん防や外出制限などの感染防止策の動きと、第1波から第6波までの感染者の増減の動きは必ずしも一致していない。世界的にみても、例えばアメリカは日本と同じような感染者の増減を辿っている。慎重な日本に対しアメリカでは2月の終わりには行動制限やマスク完全撤廃を敢行しているのに、である。日本では3月末に行動制限は解除されたが、街中を行き交う人たちは自主的にほぼ100%マスクを着用している。それなのにアメリカと日本の感染者数の増減は同じパターンとなっている(図1)1)。
感染対策の強化で新型コロナが収束し、自粛やロックダウンが緩むと感染が拡大する傾向にあるのは確かだ。しかし図1にみるように日本とアメリカでこれまでの感染対策は一致していないのは、やはりウイルス自体の感染力の変化も感染者数の増減と関連していると見た方が自然である。
図1 感染者数と感染対策の推移
●じつはコロナウイルスは普遍的にわれわれの周りにいる
現在オミクロン変異株に人々の関心が集中してしまっているが、今回のウイルスを含めコロナウイルスには7種類が知られている。そのうち一般的な風邪の症状を呈する4種(OC43, 229E、NL63、HKU1)と、病原性が強くパンデミックを引き起こす3種(SARS、MERSおよび今回のCOVID-19)がある。今回のCOVID-19は別名SARS-CoV-2と言われているようにはじめは2002年に中国広東省で発生したSARS-CoVの変異種と考えられていたが、遺伝子配列から、キクガシラコウモリ、センザンコウなどの複数の動物宿主を経て変異を重ね、SARS、MERSなどとは異なる新しい変異種と考えるのが適切である(表1)2)。コロナウイルスの誕生は意外に歴史が浅く、インフルエンザウイルスの起源は1億年前(恐竜期)であるのに対し、コロナウイルスの起源は紀元前8000年前であり変異を繰り返しながら人類と共存してきた。まさにウィズコロナと言われるのが適切なウイルスだと思う。3)
さて、病原性が強いコロナウイルスによるパンデミックでもその経緯は同じではない。2002年に発生したSARSは消失してしまったが、2018年に発生したMERSは発生地域である中東を中心に今でも感染者が発生しており終息していないのである(図2)。
●オミクロン株は風邪症候群コロナウイルスと新型コロナウイルスの合の子
昨年末に急激に拡大しはじめたオミクロン株であるが、このオミクロン株はヒトへの感染に関与するスパイクタンパク質のアミノ酸配列の一部が通常の風邪を引き起こす229E株のアミノ酸配列に置き換わっていることが示された(図3)。おそらく通常の風邪にかかったヒトが、同時に新型コロナオミクロン元株に感染し、これらがそのヒトの体内で増殖しているうちにアミノ酸の入れ替えが起こったものと推測される4)。これはどう解釈したらよいのか? かかったら必ず死に至るという病原性が非常に強いウイルスがヒトに感染したら、ヒトが死ぬことによってウイルスの運命もそこまでとなる。逆にウイルスに感染してもヒトが死に至らず、軽症で済んだ場合、ヒトからヒトへの感染は来年以降も継続されることになる。
デルタ株では肺で増殖し、肺炎を起こして重症化し致死率が高かった。今はやっているオミクロン株では通常の風邪と同様の症状であり、軽症で済んでいる。すなわち進行中の新型コロナの感染者数は多いが死亡率は低くなっている。またワクチン接種率も高まってきたため、毎年繰り返されるインフルエンザと同等の感染症へと変わっていく可能性が高いと筆者はみる。
●パンデミックからエンデミックに変わったというべきか?
再び増加に転じているのにみんな危機感がない。やはりオミクロン変異株の感染は軽症で済み、死亡率が低くなっているせいである。インフルエンザの場合、毎年約1000万人がインフルエンザにかかるが、死亡率は0.002%~0.02%と非常に低く、ワクチン接種率は毎年高齢者で40~70%、小児で50~60%である5)。新型コロナのワクチン接種率も同等の接種レベルになった。新型コロナ感染による死亡率はデルタ株のときは0.4%と高かったが、オミクロン株では0.06%とインフルエンザに近くなってきている。インフルエンザ感染では医療崩壊は起こしておらず、新型コロナの場合もオミクロン株感染に置き換わってからは病床数に余裕が出ている。
季節性風邪を引き起こす4種も消失せず毎年人に感染し生き延びている。インフルエンザとは異なる発生と拡大経過をたどった新型コロナウイルスであるが、オミクロン株の変異種(BA.2)が長期的に蔓延することになれば、新型コロナパンデミックは、毎年一定の割合で発生するエンデミックというべき状況になるかもしれない。消失せずにこのまま季節性インフルエンザのように、撲滅させるのではなく毎年発生する変異株に対するワクチンを打って、感染防止や重症化を防ぐ対策をとるイメージが強くなったといえる。
●インドでは“ハイブリッド免疫”が起きている
人口14億人のインドではさぞかし第7波に向けて大勢の感染者増が深刻であろうと思いきや、今年1月に第3波の30万人をピークに感染者数が激減し、4月に入ってから1日の感染者数が1000人台となり、死者も1日40人以下とほぼ新型コロナを制圧したかのようである。1) 2月には2年間続けたマスク着用義務も解除となり、ワクチン接種率も上がった。インド保健省が3万人に行った調査によると、ワクチン接種率は30%であるが、抗新型コロナ抗体陽性率は67%であったという6)。つまり抗体陽性者のうち半数がワクチンを打っていないのに陽性であったということだ。この調査結果をインド国民全体でみると図4のようになる。ワクチン接種によって感染者発生を抑える効果は確かにあるが、ワクチンを打っていなくても抗体陽性者が全人口の1/3(5億人)は自然免疫ができているということになる。
ワクチンを打って抗体ができた人とワクチンを打たなくても新型コロナに対する抗体ができている人が同時にいる状態を”ハイブリッド免疫“というそうだ7)。日本ではこの視点で行った調査はされておらず、あいかわらず毎日の新規感染者数と死者数およびワクチン接種率のみ発表されているが、そろそろ抗体陽性者数あるいは”集団免疫率”の発表を優先すべきであろう。日本でも抗体陽性者数をみればインドと同じくハイブリッド免疫状態であることは間違いないと思う。一方自然免疫にのみ頼るとスウェーデンやブラジルのように新型コロナウイルスの抑え込みに失敗する。ワクチン接種率を高め、重症化しないような自然免疫を進めていけば、季節性インフルエンザのような対応になると思われる。
参考文献
5)厚生労働省、2020/21シーズンのインフルエンザワクチンの供給について, 2020.
6)COVID-19 INDIA as on 22 April 2022, 08:00 IST, Ministry of Health and Family Welfare India.
7)Peter N. et. al, Risk of SARS-CoV-2 reinfection and COVID-19 hospitalization in individuals with natural and hybrid immunity: a retrospective, total population cohort study in Sweden, THE LANCET Infectious Diseases in press, April 1, 2022.